彗星よ、止まれ!──メトカーフコンポジット奮闘記

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夜空を駆け抜けるほうき星。
その姿を写真に残そうとすると、恒星時追尾の長時間露光ではどうしても流れてしまう。
「どうすれば高速に動く彗星を止めて写せるのか?」
銀塩フィルムからデジタル、そして自動化の時代まで続く、彗星撮影の悪戦苦闘を振り返ります。

彗星が止まらない

昔、まだオートガイドもなく、銀塩フィルムで撮影していた頃の話です。
当時はまだ今のデジタル処理のように自動でコンポジット合成ができなかったこともあり、撮影は一発勝負でした。
画像は1990年8月12日のレビー彗星(C/1990 K1)です。彗星の尾を写し込むには長時間露光が必要です。
オートガイドが無い時代ですから、望遠鏡にカメラをつけての撮影では、手動でガイドする必要がありました。
10分もの間、一心にガイド鏡の恒星を見つめながら、赤経方向のズレはハンドコントローラをポチポチと操作、赤緯側のずれは赤緯の微動ハンドルをそっと(力をかけすぎるとガイド星がずれるので)回して、一心不乱にガイドをします。そして出来上がったのがこの画像です。恒星はしっかり点像に止まっているのですが、よく見ると彗星は少し流れています。10分の間にこれだけ動いたのですね。でも、苦労してガイドした結果、これだけの写真が撮れたので大満足。彗星を止めて写すには、彗星のコマでガイドする「メトカーフガイド」というテクニックがありましたが、そこまでの技量はありませんでした。

1990/8/12 23:52 露出10分, 富士山5合目須走, FC65+レデューサー(320mm/F5), EM-1, GX3200(DPE現像)
恒星は止まっているが、彗星は流れている

デジタル時代の幕開けと「基準点合わせ」

21世紀に入り、デジタル天体撮影の時代がやってきました。
複数枚を撮影してコンポジットすることで、長時間露光に相当する効果を得られるようになり、撮影の自由度が一気に広がりました。
彗星を撮るときは、彗星が流れない短めの露出で複数枚撮影し、それらを後で重ね合わせます。
初期のステライメージ(1997年発売)では、各画像の同じ恒星(基準点)を指定する方式で位置合わせをおこなっていまいた。
そのため、基準点を彗星のコマに合わせることで彗星の動きを止めてコンポジットすることができました。
この頃はまだプレートソルビングという便利な技術はなく、位置合わせはすべて手動。根気のいる作業でした。

彗星のコマを基準点として指定する
彗星のコマを基準点としてコンポジット

彗星の移動を計算する「メトカーフコンポジット」

彗星のコマはぼんやりしているため、これを基準点にすると誤差が出がちでした。
やがて星に対するズレは、画像同士のマッチングで自動計算できるようになりました。基準点の指定が不要になったのです。
そこで彗星を位置合わせするには、彗星の移動量がわかればコンポジットの自動化ができることに気づきます。
ステライメージ4(2003年発売)では、撮影時刻から彗星の移動量を計算し、自動で補正して重ね合わせる「メトカーフコンポジット」を搭載しました。

手順としては、まずステラナビゲータで撮影日時にあわせ、彗星の天体情報で時間あたりの移動量を確認します。
次にステライメージで焦点距離とカメラの機種を選択し、画角と1ピクセルあたりの角度を自動計算します。
さらに画像の回転角(天の北極の方向)を指定して準備完了。
各画像で恒星の位置ずれおよび撮影時刻から計算した彗星の移動によるズレを合成することで、より精度の高い彗星追尾コンポジットが可能になりました。
この手動指定方式は、現在もステライメージの「詳細モード」のメトカーフコンポジットとして残されています。

彗星を撮影した画像を、彗星の移動量にそってずらしながらコンポジットする
彗星の移動量をステラナビゲータの「天体情報」を参照しながら設定する
メトカーフコンポジットで彗星が止まって浮かび上がるパンスターズ彗星(C/2011 L4)

そして自動化の時代へ

その後、画像から恒星を自動認識して星の配置を特定する「プレートソルビング」技術が登場。
これにより、メトカーフコンポジットもついに完全自動化の時代を迎えます。
ステライメージ8(2017年発売)では、焦点距離とカメラ名を選択するだけで、画像の回転角や位置ずれを自動的に計算し、彗星の移動に合わせてコンポジットできるようになりました。
手動で合わせていた時代を思うと、まさに夢のような進化です。

コンポジットパネルのメトカーフコンポジットで、自動で彗星を止めてコンポジットできるようになった
設定に必要なのは彗星名、カメラ、撮影時の焦点距離。これだけ設定すれば自動でコンポジットしてくれる(彗星データを表示させるにはステラナビゲータが必要になります)

しかし、罠その1:日時情報がない!

メトカーフコンポジットを行う際には、各画像の撮影時刻がとても重要です。
時刻が正確でなければ、彗星の位置を正しく計算することができません。

ファイルのタイムスタンプは、ちょっとしたファイル操作で簡単に変わってしまうことがあるため、あまり当てにはできません。
その点FITS形式で保存された画像であれば、撮影時刻が正確に記録されています(もちろん、撮影に使ったPCの時計が正しく合っていることが前提です。余程のことがなければ10分程度の誤差ならば問題ありません)。

また、デジカメで撮影したJPEG形式の画像ファイルには、EXIF情報として撮影日時やシャッター速度、絞り値などのデータが記録されています。
このEXIF情報を参照して、メトカーフコンポジットを行うこともできます。

ところが最近、「メトカーフコンポジットがうまくいかない」という問い合わせが増えてきました。
調べてみると、CMOSカメラでJPEGやTIFF形式で撮影した場合、EXIF情報が記録されていないことがあるのです。
そのため、撮影日時を特定できず、位置合わせができなかったというわけです。

本来は階調の面などを考えてもFITSで撮影する方が有利なのですが、彗星は星雲や星団と違い一期一会の対象。
簡単に撮り直しのきかない対象です。

そこで、EXIF情報がない場合でもファイルのタイムスタンプを参照してメトカーフコンポジットできるよう、ステライメージの10.0eアップデータを公開しました。

罠その2:地上が写り込んでいる!

夕方の西空などで撮影すると、彗星が沈むにつれて地上が写り込むことがあります。
この場合、プレートソルビングがうまく動作しないことがあります。
そんなときは自動処理をあきらめ、彗星のコマを基準点にした位置合わせ、もしくは詳細モードのメトカーフコンポジットで対処してみてください。

おわりに

彗星撮影の歴史は、技術の進化とともに「どうすれば動く彗星を止めて写せるか」という挑戦の連続でした。
手動ガイドの時代から、プレートソルビングによる自動解析の時代へ。
それでも、彗星は一期一会の天体です。
だからこそ、うまく写せた一枚には特別な楽しみがあるのです。

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