お久しぶりです、ソフトウェア技術部のくぼたです。最近、手元にやってきた赤い鏡筒やカメラ、フィルターを使ってベランダからオリオン大星雲の撮影に挑戦してみたいと思います!
お知らせ
「月刊星ナビ 2021年2月号」でも「ステラショットで撮らなきゃ損! 7 多段階露光でオリオン大星雲」と題して、「ステラショット2」と「ステライメージ9」を使ったオリオン大星雲の多段階露光についてご紹介しています。撮影方法から画像処理の手順までより詳細に解説しておりますので、ぜひご一読ください!
少し前のこと
そういえば、昨年2020年5月。我が家の狭いベランダから広い宇宙を撮影しようと試みたことがありました。そのときの記事がこちらです。
そうそう、この頃は外出もかなり控えていましたね。「遠くに行けないのなら!」という気持ちがベランダ撮影の大きな動機づけになったことは確かです。また、同じようにこれを機に自宅であれこれ天文の楽しみを見出した方も多いのではないでしょうか。
当時のシステムの外観を改めて見てみましょう。
なかなか、頑張っていますね……(笑)。大人2人が立ったら窮屈になってしまうほどのスペースに、洗濯機も鎮座している状況で三脚を大きく広げ、Vixen R130Sf ニュートン反射望遠鏡を振り回すという “アクロバティック撮影” を行っていました。
しかし、これでは撮影システムを組むと、洗濯機の蓋が開かない のです!もちろん、撮影中に洗濯機を回すなんてことはしませんが、撮影のたびに三脚と赤道儀を設置するのはベランダ撮影の最大の魅力である「手軽さ」を損ないます。そこで今回は、もう少し改善を図ってみました。
今回の撮影スタイル
架台
まず、三脚と赤道儀は去年と同様に Sky-Watcher EQ3 GOTO を継続使用します。遠征用の赤道儀は別にあるので、これをベランダ専用機にしました。本格的な撮影には少々頼りないスペックですが、正しくセッティングして無理のない運用を心がければ、EQ3 GOTO 君も “やればできる子” です!
そして、前回との一番の違いは三脚を小開きにして、柵にしっかり固定したことです。もちろん脚は伸縮を利用して3点とも接地しています。見た目の割りに頑丈になりました。良くも悪くもアパートと一蓮托生です。もちろん、ふだんは洗濯もできます(笑)
■ 余談
先日の大きめの地震の最中にも、このスタイルで撮影を行っていました。心配してかけよりましたが、特に倒れたり外れたりすることもありませんでした。地震発生時の撮影画像がこちらです。オートガイドもいつもよりお利口さんなほどで、星像がしっかり歩留まりしているのが謎です。
閑話休題。もひとつ、新たに望遠鏡と PC の接続に Sky-Watcher Wi-Fi アダプターを使用してみることにしました。これまでは、SynScan ハンドコントローラを介して接続していました。もちろんそれでも問題はないのですが、Wi-Fi アダプターを使用することで、外に出す電子機器やケーブルの取り回しが少なくなり、すっきりとします。「手軽さ」が大きく向上しました。
日時も PC の SynScan アプリから自動的に設定されるため、毎回ハンドコントローラでポチポチ設定する必要がありません。個人的にこれらの手間がなくなったのは、非常に楽になったと感じます。
設置問題は解決しましたが、ベランダからは南側の空が開けて見えているため、北極星を使った極軸合わせはできません。北を振り返ってもそこには、散らかった室内があるだけです。そこで、スマートフォンのコンパスでおおよそ北を確認した後、ステラショット2の「極軸補正」機能を使って極軸を追い込みました。これについては、また後日わかりやすく記事にまとめたいと思います。
鏡筒・カメラ
本格的な撮影用の鏡筒、カメラを導入するにあたり、望遠鏡販売店の方や詳しい友人にそそのかされ 影響され、赤いものたちを我が家に迎え入れました。少し前までは「口径 51mm で焦点距離も 250mm かあ。ちょっと物足りないかな」と思っていたのですが、フォーサーズサイズセンサーの冷却CMOSカメラ(ZWO ASI294MM Pro)を選択肢に入れたことで、一気に魅力的な鏡筒となりました。赤くてかっこいいですし!
- 【鏡筒】William Optics NEW Red Cat51
- 【カメラ】ZWO ASI294MM Pro
思えば、反射望遠鏡を渡り歩いてきた人生でした。「これが屈折望遠鏡かぁ(きょとん)」とイノセントな気持ちで開梱しました。にゃあ。
オートガイダーは手持ちの ZWO ASI120MM Mini をそのまま使用します。
フィルターワーク
さてさて、天体撮影のために遠征するのは小旅行気分で、とても楽しいものです。しかし、普段の生活を営みながらコンスタントに遠出するのは、僕のような庶民にとってはハードルが高いものでもあります。光害地であることを前提に、近場でもたくさん撮影の経験を積みたいと思い「ナローバンド撮影」に手を出しました。
「天文リフレクションズ」さんの連載記事「モノクロナローバンドで星雲を撮る」や、先人方・友人の作例を見て一念発起したのです。もうね、清水の舞台から飛び降りる覚悟ですよ。
- ZWO ナローバンド(7nm)φ31mmフィルター(Hα/SII/OIII/Hα・SII・OIII3枚セット)
- ZWO LRGB フィルターセット φ31mm
- ZWO 電動フィルターホイール 8
結論から申し上げますと、フィルターを使ったナローバンド撮影は自分の中で大きなブレークスルーとなりました。まあ、写る写る!なぜこんな面白い世界を隠してたんですか!(いえ、僕自身が難しいと思い込んでいただけなのですが・笑)
近所の川べりで、ちょちょいと試し撮りしただけでこんなに写ってくれました。これは夢が広がります。(画像はすべてクリックで拡大します)
今回は L(Hα) + RGB 撮影に挑戦です。繰り返しになりますが光害地のベランダですので、RGB 画像撮影時には「OPTOLONG UHC フィルター」を使用して光害をカットし、コントラストを上げてみたいと思います。たまたま手元にあった 2 インチサイズの同フィルターが RedCat51 に取り付け可能でした。
さあ、撮影しよう!
いよいよ撮影です。鏡筒に電動フィルタホイールと CMOS カメラをセットします。オートガイダーと電動フィルターホイールを CMOS カメラの USB ポート(OUT)に接続することで、これが USB ハブの役割を果たし、PC に接続する USB ケーブルが結果的に1本で済むようになってしまいました。これは嬉しい誤算です。前述の通り、望遠鏡は Wi-Fi アダプターで無線接続するので、本当に USB ケーブル1本です。
ステラショット2 を起動して、望遠鏡・カメラ・オートガイダーを接続します。SynScan アプリを起動して望遠鏡と接続した状態で、ステラショット2側では「Sky-Watcher」の「SynScan Wi-Fi アダプター」を選択します。IPアドレスには「127.0.0.1」と指定することで、SynScan アプリを通してステラショット2から望遠鏡制御ができます。
カメラの冷却は -10 ℃にセット。ピント合わせとテスト撮影を繰り返し、撮影設定はプリセットに保存しておきます。今回は多段階露出を行うので、露出の異なる3種類の撮影設定を L(Hα) 用に登録。RGB 画像用の撮影設定は共通で1種類としました。
テスト撮影を行った際の画像です。ヒストグラムを確認するとだいぶシャドウに寄っていますが、オリオン大星雲の中心部を担当する画像なので、これで OK です!
いい感じに準備できて、あとは安心して撮影開始!という段階で「#天文なう」というハッシュタグを付けて Twitter でつぶやいておきます!ナウでヤングな楽しみ方ですね!タイムラインは同日に開催されていた「CP+2021」と「スノームーン」とやらの話題で盛り上がっていました。
そうそう、フィルターワークについて。ステラショット2では電動フィルタホイール制御に対応していないので、ZWO 純正ソフト「ASILive」を立ち上げて、フィルター切り替えだけをこちらから行います。これがちょっと面倒……。早くステラショット2でも対応したいところです。
また、CMOS カメラのパラメータについても、まだまだキメ細かく対応する余地がありそうです。ひとまず今回は、ステラショット2から設定できる項目のみを意識して撮影を行いました。
L(Hα) 画像は、フィルターはそのままに撮影設定を切り替えて連続撮影を行うので、自動スケジュールを組んでザーッと流してしまいましょう!
オートガイドも安定していて、まずは問題なさそうです。赤経・赤緯軸ともにしっかりバランスを取って、極軸もできる限り追い込んでおくことで、毎回安定的に運用できています。逆に、諸々の調整を怠るとガイドが暴れだして貴重な撮影時間を浪費してしまうことも……。これはベランダ撮影に限った話ではありませんね。手軽さと堅牢性を兼ね備えたシステム構成とメンテナンスが肝であり、また機材と付き合う楽しみでもあります。
無事、撮影が終わりました。望遠鏡をホームポジションに戻し、対物レンズのキャップを閉めてダーク画像を撮影します。これも居ながらにして行えるのは楽ですね。NHK の「生さだ」を視聴しながら、ダーク撮影が終わるのを待ちます。
そして今回は、フラット画像の撮影は省略しました。鏡筒やカメラのセンサーサイズ、フィルターの特性を鑑みると、後の画像処理で使用するステライメージ9の機能でなんとかなるのではと、今回は手を抜いてみることにします。しかし、フラット画像があれば後の画像処理が楽になることは言うまでもありません!普段は、朝方の青空を撮影することでフラット画像を取得しています。
撮影画像を仕上げよう
さて、せっかくですので今回撮影した画像をステライメージ9で処理してみましょう。実はこの記事の前半は、実際に撮影を行いながら自宅で執筆していました。撮影しながら仕事もできる!これもベランダ撮影の強みでしょうか。
タイトルに「実録!」と入れました。一応、アストロアーツの公式ブログ記事ですが「ブログ用に条件の良い所で撮った画像を例に出そう……」というのも白々しいので、あくまで新人くぼたが手塩にかけた実際の撮影画像を使って、画像処理を行いたいと思います。
いしかわさん!案の定、記事が長くなってしまいましたが、このまま続けてもいいですか……?
ここまで来たら仕方ないです。その代わり、綺麗な作品に仕上げてくださいよ!
それでは、お言葉に甘えて。まずは、撮影画像をまな板の上に並べてみましょう。
- L(Hα)#1:-10℃, Gain270, 15s × 80(=20min)
- L(Hα)#2:-10℃, Gain270, 30s × 40(=20min)
- L(Hα)#3:-10℃, Gain270, 180s × 7(=21min)
- RGB:各 -10℃, Gain180, 120s × 10(=20min)
- ダーク画像:上記と同条件、枚数分を撮影
- フラット画像:撮影なし(ステライメージ9のセルフフラット補正を使用)
多段階露出のさじ加減は、今回実際に撮影してみた結果得た塩梅ですので、必ずしも典型的な例ではないかもしれません。総露出時間は1時間21分となりました。下記の画像はそれぞれの FITS 画像のうちから代表して1枚ずつ、そのまま表示したものです。
続いて、ダーク画像です。今回使用した CMOS カメラは「アンプ・グロー」と呼ばれる構造的なノイズが現れます。これは「ディザリング撮影」やホット/クールピクセル除去では取り除けないので、ダーク画像で補正せざるを得ません。上のようなレベル調整を行う前の画像では目立ちませんが、強調処理を施すとまるで明るい恒星がそこにいるかのように浮かび上がってきてしまいます。
詳細な画像処理編は、もしご要望があれば別途詳しく記事にするとして今回は簡単に流れを追ってみたいと思います。
L(Hα) #1(80枚), #2(40枚), #3(7枚)の画像をそれぞれダーク補正後に「加算平均(σクリッピング)」コンポジットします。こうして L(Hα) #1, #2, #3 の画像3枚ができあがります。
これらを今度は「加算」コンポジットして、オリオン大星雲の明るい中心部から淡い周辺部までをバランス良く整えます。一見白飛びしている部分も「デジタル現像」処理をかけることでディティールが浮かび上がってきました。
R, G, B 画像も同様に「加算平均」コンポジットを行い、「RGB合成」でカラー画像にします。できあがった RGB 画像は、あとで L(Hα) 画像に色付けできればよいものなので、ディティールはそこそこに、色鮮やかさを最優先で若気の至りのようにドラスティックに色彩に調整していきました。ででん。
最終的に L(Hα) + RGB合成を行い、レベル調整やノイズ低減など微調整を行いました。画像を180度回転して北を上にします。最後に JPEG 画像を出力して Topaz Denoise AI で軽く化粧直しを施して完成です!もっと長時間、露出をかければさらに強調して淡い部分まで描出できそうです。
手前味噌ですが、満月の夜に光害地のベランダで撮影したオリオン大星雲の最終画像です!いかがでしょう……。今回は周辺部も確認したかったので、敢えてトリミングは行っていません。よく見ると、画像左下にさらに淡い分子雲も写っていますね。
ステライメージ9の「ノイズ低減」機能は、AI 技術を用いたものではなく、あくまで古典的な手法に基づく処理です。星雲星団の画像処理については、このノイズ低減でも十分に滑らかな画像が得られます。また、追々このあたりも比較実験してみたいところです。
最後に Topaz Denoise AI で化粧直しをしているのは、くぼた個人の好みです (^^;) 。光害地で撮影した画像に対して、この “化粧直し” を行うと露出を数倍かけたような画質向上が期待でき、強い味方になると実感しています。ステライメージ9の「ノイズ低減」と Topaz Denoise AI の化粧直しを前提とすると、だいぶ強めに画像処理をかけられます。賛否については大学時代に深層学習畑にいた身としては、いろいろ思うところもありますが、それはまた一緒に飲みながらでもお話しましょう!※ 意見には個人差があります。
今回の反省点もいくつかあります。
- Hα, R, G, B ごとにピントを合わせておくべきだった(G, B 画像がだいぶピンぼけでした)
- フラット画像で補正をしておくべきだった(画像処理に難儀しました)
- 露出時間はさらに倍は欲しかった(特に、今回は青色の表現が厳しかったです)
反省と改善の繰り返しで、少しずつ上達して納得できる作品づくりを追究していきたいと思います。以上、新人くぼたの自宅からのレポートでした!