おうちの近くで見えるかも?カノープスマップ

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カノープスが見られそうな場所を地図上に可視化したカノープスマップというものを作りました。今回は古代から人々を魅了し続ける南天の星カノープスについてご紹介します。

カノープスマップ - アストロアーツ
カノープスが最も高く登った時間に、カノープスを見られそうな場所を可視化しました。身近な場所でカノープスを見れないか探してみましょう。

カノープス

カノープスはシリウスに次いで2番目に明るい星でありながら、日本の北緯35度付近で観察すると地平線近くに見られるために、本来シリウスのように青白く光り輝く星が、夕日さながらに暗く赤く色づきます。見えそうで見えない稀有な星として、北緯35度付近の人々はカノープスに魅せられてきました。
古くは中国の長安で「南極老人星」と呼ばれ、『史記天官書』には「老人星が見えれば平和になり、見えなければ戦争が起こる。秋分の頃に都の南で老人星が見えないか窺った」(要旨)とあり、老人星の見える見えないに一喜一憂したことがうかがい知れます。赤く見えることから「寿星」として信仰の対象となり「見ることができれば長生きできる星」としてもありがたがられました。日本でも飛鳥時代には中国から「老人星」が伝わっており、キトラ古墳の星図にその姿があります。天文民俗学者の野尻抱影によると、平安時代には老人星が見られたことを吉兆として改元がなされたという話もあります。

カノープスの北限探求

古代の人々は老人星の出現に国家レベルで振り回されていましたが、打って変わって現代の人々は、カノープスを見ることができる北限の地は何処かを探求し、一喜一憂しています。
『天文ガイド』1978年3月号に1977年11月13日2時35分に山形県蔵王の熊野岳にてカノープスを撮影したという報告が掲載されます。
この地は本来カノープスが地平線下に沈み込んで見ることができない緯度ですが、標高1800mから地平線を見下ろすと地平線の向こう側を覗き込む形になり、地平線下のカノープスを見ることができるのです。
この報告にはいくつかの予想北限地が挙げられており、その中の一つ、山形県の月山では『天文ガイド』1984年3月号にて1983年10月14日4時21分に撮影に成功した旨が報告され、2022年2月現在、この月山が最北記録となっています。
先の報告には「まず不可能」な場所として、宮城県の栗駒山が候補として挙げられており、この地では今現在も撮影に挑戦される方々がいるようです。

カノープスを探したい

さて、そんな過去から現在まで人々を魅了し続けるカノープスをどこで見れるのだろうと思った時、大抵は南の開けた、できれば標高の高い場所に行けば見ることができるだろうと見当をつけますが、実際に足を運んでみると「ちょうど真南を建物が塞いでいて見えない」とか「意外と南の山が高かった」などということが起こります。
試行錯誤もまた楽しみのうちですが、地理空間系のエンジニアリングが大好きな私は、標高データから見えるところを探してしまえと思いました。
実はこの取り組みは既に先人がおり、『月刊天文:Sky traveler』2000年11月号に「カノープス南中時の影絵」という地図が掲載されています。この地図は国土地理院が公開している数値地図50mメッシュを基にしてカノープスの可視範囲を地図上に示したものです。
また、「カシミール3D」というGISソフトの、山から見える範囲を調べる機能を使用して、カノープスから見える範囲を可視化するという逆転の発想で調べた方もいます。
車輪の再発明は大好きなのですが、同じことをしても面白くありません。そこで以下のポイントをおさえた地図を作ることにしました。

  1. Web上で誰でもアクセスすることが出来る
  2. できれば建物の状況を考慮に入れる

前者は現代のWeb地図技術を用いれば比較的容易に達成することができます。
後者はJAXAの陸域観測技術衛星「だいち」の観測データを基に作られた「ALOS全球数値地表モデル (DSM) “ALOS World 3D – 30m (AW3D30)”」を用いることで実現します。

標高モデルは、計測値から建物の高さを取り除き、純粋な地面の高さだけにしたものが一般的なのですが、このデータは「地表モデル」として建築物などの高さも含めた、より生データに近い状態で提供されているのです。残念なことに30m解像度のデータのため、幅が30mに満たない一軒家などは、周囲の高さに均されてしまっています。ただ、高層ビル群や工場などの30mを越える建築物についてははっきりとその姿を捉えることができるデータになっています。

カノープスマップ

難しい話はこのくらいにして、いくつか実例を交えながらカノープスマップをご紹介しましょう。

カノープスマップ - アストロアーツ
カノープスが最も高く登った時間に、カノープスを見られそうな場所を可視化しました。身近な場所でカノープスを見れないか探してみましょう。

熊野岳

まず『天文ガイド』1978年3月号で報告されたカノープスの撮影報告地をご覧頂きましょう。この南には『天文ガイド』2005年2月号で報告された刈田岳山頂駐車場もあります。
カノープスマップはカノープスが見える範囲を明暗のグラデーションで表現しています。

カノープスマップ/熊野岳避難小屋付近

報告の中で「避難小屋からでもカノープスが見えることが計算された」とあるように、確かに熊野岳山頂から避難小屋までをカノープスの可視範囲が覆っています。『月刊天文』の「影絵」という表現は言い得て妙です。さながらカノープスが照らした光景と言えるでしょう。
この地で見るカノープスは、地平線の上わずか0.9度(≒54分角)に姿を表します。『天文ガイド』での報告にはカノープスの地平線からの高度を「54.3分」としています。概ね一致しています。

余裕高度

地図の右下にはカノープス南中時の予想余裕高度が表示されます。この高度はカノープスの見えるであろう高度から、その地から見える真南の地形の高度を引いたものになります。

カノープスマップの余裕高度

余裕高度が「0.5」度だったとき、仮に真南に山の稜線が見えていたとしたら、その稜線の0.5度上にカノープスが見えることになります。
逆に余裕高度が「-2」度だった時、見えている稜線の-2度下にカノープスが没していることを示します。

この地図を作ってカノープスの見える場所を近所から探し、実際に撮影を行ったものがこちらになります。

カノープスが堤防の上、木の高さと同じ程度に上っている
10枚を比較明コンポジット

正面の黒い帯は川の堤防で、堤防よりも高く伸びている木は、堤防の内側にあります。後日、ゴルフのレーザー測距計を使用して測定した所、堤防までは540mで高さは7m。堤防の内側の木は290m先にあり高さは11mでした。堤防は視野の0.74度の高さで、木は2.17度の高さです。つまり、カノープスは堤防から2.17 – 0.74 = 1.43度の高さに見えていることになります。この場所のカノープスマップの余裕高度は1.45度でした。概ね同じ結果が得られています。

メラボシ/布良星

千葉の房総南端に布良という町があります。
千葉の房総半島を中心に、その布良の方に見える星ということでカノープスを「メラボシ」と呼ぶ地域があります。
これは野尻抱影の著書でも紹介され、現在においても『天文民俗調査報告』(北尾浩一)で報告が続いています。
これを地図上にプロットしたものがこちらです。

南房総でカノープスに縁のある土地

この辺りは山の影にさえ入らなければ普通に見ることができます。
以前会社の先輩と房総の南端で天体撮影を行った時、運良くカノープスを見ることができたのですが、意外と高く上っていて案外味気ないものだなと思った記憶があります。それもそのはず、この地で見るカノープスは、水平線の上2.8度のところに姿を表します。

木崎湖の龍灯

長野県木崎湖で、十月の早朝から二月頃の夜にかけて、湖の南方に低く現れる龍灯は、二十年余りにわたる老僧の観察からカノープスらしいと坂井誉志夫氏が発表し、神田茂氏も認められている。

野尻抱影『星と伝説』「南極老人星を見る」
長野県の木崎湖

これについてはNHK BSのコズミックフロントで取り上げられたこともあり、ご存知の方もいるかもしれません。
この地については『月刊天文:Sky traveler』2000年11月号で「海ノ口駅付近から信濃常盤駅付近までの大糸線沿線の地域」としても予想されていました。
百聞は一見に如かず。弊社の天体写真ギャラリーに木崎湖の龍燈伝説の写真を投稿された方がいらしたので、是非ご覧になって下さい。
湖南を這うように横断する赤い光、一度この目で見てみたいものです。

#29068: 木崎湖龍燈伝説のカノープス by Hideo6345 - 天体写真ギャラリー

草津

仙台の天文家戸板保佑の著『仙台実測志』という書には、宝暦三年仙台から京都へ上る途中「九月十一日晨、草津にて南極老人星を馬上にて見る。高さ三尺ばかり」とある由で、想像を誘われる記事である。

野尻抱影『星と伝説』「南極老人星を見る」

江戸時代に東海道を旅した天文家が見たカノープスはきっとこんな感じでしょう。

これはステラナビゲータ11で宝暦三年九月十一日午前五時頃をシミュレーションしたものです。
「晨」は「あした」と読み、夜明けの頃を指すようです。ちょうど薄明が始まった頃に、南の山の上0.9度程のところに姿を見せたのでしょう。

草津市役所付近

そうそう、カノープスマップには歳差を考慮して高度を補正する機能があります。

カノープス気象条件設定・補正機能

ステラナビゲータ11によると、この時代のカノープスの南中高度は現代に比べて0.2度程高いようです。
地図上の明暗は現代の高度固定になりますが、「余裕高度」の値は高度補正を行うことでその当時の余裕度に変換できます。ただ、会津磐梯山のように天変地異があって過去と現在で大きく地形が変わっている、という場合は役に立ちませんが……。

京都

醍醐天皇の昌泰四年(西紀九〇一)が延喜と改元されたのは、辛酉革命という大凶の干支に当たっていたのと、前年の秋に老人星が現れたためであった。

野尻抱影『星と伝説』「南極老人星を見る」
京都 陰陽寮跡地付近
市街地の建物の影が見て取れる

京都でもちゃんと見えるようですね。
この頃の日本人は、老人星が吉兆であるとして見えた見えないで一喜一憂していたようです。

日本の天文台の走りを作ったとされる天武天皇の時代はどうでしょう。

伝飛鳥板蓋宮跡付近

飛鳥浄御原宮の辺りを見てみると、-2.5度とあります。

ステラナビゲータ11でシミュレーションしてみましょう。
この当時は現代に比べて0.3度程高く上がっていましたが、それでも十分に山の下に没しているようです。

ステラナビゲータ11で天武4年頃の飛鳥京の星空を再現
カノープスは緑の十字の位置で完全に山に没している

一方、持統天皇の藤原京では十分に見ることができます。

藤原京付近

ステラナビゲータ11のシミュレーション結果も山の上に煌々と輝く老人星を示しています。

ステラナビゲータ11で天武4年頃の藤原京の星空を再現
カノープスが山の上に姿を現している

天武天皇が占星台を興したのは天武4年とされていますが、Wikipediaの藤原京の項に「『日本書紀』の天武天皇5年(676年)に天武天皇が「新城(にいき)」の選定に着手」とあったので、ひょっとすると星見を始めて老人星が見えるところに引っ越したくなったのだろうか、などと想像してしまいました。星のために都を動かす。ロマンがあって良いかもしれません。

カノープスマップは国土地理院の地理院タイルを背景地図に使用しているため、提供範囲を地理院タイルに揃えています。そのため、海外の様子を見に行くことはできませんが、興味深い結果があったのでひとつだけ海外の例をご紹介しましょう。

中国、長安のあった現代の西安市は北緯34度16分の地にあります。
それを知った時、千葉の房総南端が北緯34度54分なので、房総の白浜から2.8度のカノープスを見た記憶から、なんだ意外に高く登るじゃないかと思ったのですが、長安付近の計算結果を見てみると南方に山脈があるために余裕高度は半分以下の1.23度という結果に。

中国 長安付近/ベースマップ:OpenStreetMap, データ提供: AW3D30 (JAXA)

カノープスは赤緯が歳差であまり変化しない場所にあるらしく、南極老人星の文献のある時代を選んで調べても-0.3〜+0.03度くらいのわずかな変化しかありませんでした。
つまり、日本の関東地方でカノープスを探すのとそんなに変わりません。
東京の人間がカノープスを探す難しさは、古代中国で南極老人星を探す難しさと同じくらいなのかもしれません。光害の強さは桁違いだと思いますが。

カノープスの北限

さて、時代を現代に戻し、カノープスの北限はどこだろう?という現代の課題に取り組んでみましょう。カノープスマップの結果も、これまでに予想された結果と同様の結果を示しました。
北限をプロットしたのがレイヤーメニューの「北限(0度以上)」になります。

北限(高度0度以上)を有効にすると赤い線で北限をプロットする

『天文ガイド』1978年3月号で予想された「栗駒山」の地平高度は2.3分角。度に換算すると0.038度です。
このカノープスマップで栗駒山を見てみると、余裕高度はなんと0度。南方の地形スレスレに見えるかもしれませんし、見えないかもしれません。
これは栗駒山山頂の話で、そこから尾根を西に少し進んだところに0.01度の余裕高度の場所があります。0.6分角だけ余裕が出来ました。しかし、これは気温設定が0度の時の結果で、後述の機能を使用して気温を5度に設定した場合、この地でも0度を割って没してしまいました。先の報告の「まず不可能」な場所というのは間違いなさそうです。この気温設定は完全な冬山であるため、観望には冬山登山の技術が求められ「長寿星」であるカノープスを見るために命を縮めかねない本末転倒な行為と言えるでしょう。冬山登山は行うべきではありません。

栗駒山南西に0.01度の余裕が生じる

では、現実的な北限はどこだろう、ということで北限計算を10分角以上に限定してみたのが「北限(10分角以上)」です。
この10分角という数字は適当に決めた値なのですが、これまでに観測された土地(青いピン)が全て満たされているので、悪くはない数字のようです。月山はギリギリ10分角を越える奇跡的な土地のようです。

北限(10分角以上)を有効にするとオレンジの線で北限をプロットする

今現在の北限である月山よりも北に、10分角を越える場所が無いか探してみると、牡鹿半島の北に翁倉山という山がありました。
『天文ガイド』2011年3月号で報告された準北限の地である「硯上山」から直線にして11kmほど北のところです。この地では気温10度でも9分角と余裕があります。
ただ、衛星写真で見る限り、山頂が開けているようには見えないので観測は難しいかもしれません。この地であれば秋口の気温でも見ることが出来ると思いますが、今度はカノープスが上るのは明け方頃になります。翁倉山に登山をされている登山家の記録を見るに、急な斜面などが繰り返し現れる厳しい山道のようです。繰り返しになりますが、危険を犯してまで「長寿星」を見るのはやはり本末転倒といえます。

翁倉山山頂

余裕高度補正

このカノープスマップの余裕高度は、地平線の沈み込みと大気による浮き上がり、カノープスの大気の浮き上がりをそれぞれ考慮したものになっています(計算には様々工夫をこらしたので、そのうち何処かでまとめたいと思います)。
算出に使用したパラメータは秋冬の観望を想定して気温0度、気圧1010hPaに設定していますが、地図左上の気象条件設定ボタンから、気温と気圧を補正することができます。また、先述の通り、歳差を考慮するためにカノープスの南中高度の補正もできます。
大気差による浮き上がりの計算はUSNOのNOVASという位置天文学数値計算ソフトウェアライブラリの処理を基にしており、この処理の定義域は地平高度-1度までしかありません。そのためカノープスマップでの-1度以下の算出には-1度の時の浮き上がりの値を継続して採用しました。

要するに、-1度以下は未定義領域になるため、浮き上がりが足りない可能性もありますし、逆に過剰に浮き上がっている可能性もあります。
それらの補正のため、大気差の適用をパーセンテージで補正できるようにしました。

カノープスマップでは地平高度-1度線を引くことができます。
これまでに報告された月山、硯上山の地はいずれも-1度線を超えています。
硯上山を報告した方がそれ以前に報告した「人石山南側のコバルトライン上」の地も同様です。

「地平高度-1度」を有効にすると黄色の線をプロットする

この方のブログ記事によると、「人石山南側のコバルトライン上」でのカノープスは水平線の上3分角であったそうです。一方、カノープスマップの結果は0.25度、すなわち15分角になります。5倍の高さです。補正機能を使用して大気差を77%にすることで0.05度、3分角にすることができました。

これはカノープスマップの浮き上がり計算が過剰である可能性を示しているかもしれません。気象条件の違いも可能性としてありますが、気象庁の過去のデータから観測当日のデータを取得した限り、カノープスマップの計算パラメータから大きく離れたものではありませんでした。

-1度から先はまさに前人未到の領域と言えます。カノープスの北限に挑戦された先人の方々に敬意を表したいと思います。

しかし、私たち一般の人間にとっては非常に過酷で危険な挑戦といえます。
カノープスは秋の明け方〜冬の夕方ころと、山が最も危険な時期に最も高く上ります。危険を犯してまで「長寿星」を見ることは本末転倒です。冬の山には絶対に立ち入らないようにしましょう。

私たちの身近な場所

カノープスの楽しみ方は北限だけでなく色々あります。
北限はとても興味深い挑戦ですが、私たちの身近な場所でカノープスを見ることができないかに着目してみましょう。
地図上の緑色のアイコンはカノープスの伝承・逸話を地図上にプロットしたものになります。

「伝承・逸話」のプロット結果

カノープスマップで多数引用させていただいている北尾浩一さんの研究によると、「カノープスの南中高度と方言の伝承地の関係を見ると伝承地が増加するのは高度2.5度から3.5度ぐらいの範囲であり、南中高度が高くなると逆に伝承地は減少する」らしく、見えるか見えないかの瀬戸際のラインにあることが人々の関心を惹きつけるようです。

皆さんの身近にカノープスにまつわる物語があるかもしれません。
場所にもよりますが、カノープスは2月から3月にかけて20時〜21時頃と見やすい時間帯に最も高く上ります(ただ、春の霞によって地平線付近の視界が悪くなりがちなので、気象条件に左右されると思いますが……)。
私たちの身近な場所で、見えなさそうで見えるカノープスを発掘してみませんか?

是非、カノープスマップをご覧になって、おうちの周りでカノープスを見つけてみて下さい。

カノープスマップ - アストロアーツ
カノープスが最も高く登った時間に、カノープスを見られそうな場所を可視化しました。身近な場所でカノープスを見れないか探してみましょう。

参考文献

関連リンク

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