星の名前、決めちゃいました(2)

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最近はくぼたさんの企画「天文×さだまさし」に出張してます。もっとも私自身はほとんど歌を聴かず、作業中に聞くのはクラシックとかゲームや映画のサウンドトラックばかりですが。

というわけで、恒星の名前です。

前回、およそ5年前までは国際天文学連合が星の名前を正式に認定していなかったこと、そして今でもカタカナでの表記には公式な決まりがないことをお話ししました。

アルファベットのつづりが分かっているなら、英語での発音を調べてそれをカタカナにすれば良さそうですが、そう簡単にはいきません。有名なオリオン座の1等星、ベテルギウスとリゲルを例に説明しましょう。

特にベテルギウスは超新星間近ということで一般知名度も高いですが、英語で発音したらみんな「何それ」って言うんじゃないかな。

左上の赤い1等星Betelgeuse。なんとなく「ベテルギウス」と読みそうだなと想像はできますが、英語ではこれを「ビートルジュース」と発音します(※スがズになるなどの細かなバリエーションあり)。文脈がなければ「Beetle juice(カブトムシ汁)」に聞こえそうですし、実際それがネタにされることもあるようです。

右下の青白い1等星Rigel、こちらも英語では「リゲル」ではなくて「ライジェル」です。私はビートルジュースには慣れましたが、ライジェルは短い分、今でも油断すると聞き逃します。

このようにオリオン座の2つの星を挙げるだけで、日本語の恒星名が英語の発音に全然従ってないことを示すには十分でしょう。そもそもOrionだって、英語では「オライオン」なのですから……

英語を無視しているのなら、私たちは何を基準にして星の名前を発音しているのでしょうか。それは基本的に(1)「元の言語」での発音と(2)日本における慣習だと考えればよいと思います。今回は(1)について解説していくとしましょう。

恒星の名前は、くじゃく座α星「ピーコック」のような少数の例外を除けば、英語以外の言語に由来します。ですのでカタカナにする際は「元の言語」での読み方を尊重しようというわけです。当然、これは恒星以外の天体名にも当てはまることで、かつ最近はますます重視される傾向にあります。典型的な例として準惑星のケレス(Ceres)をご紹介しましょう。

小惑星帯最大の天体であるCeresは、以前は「セレス」という表記が多く見られました。これはCeが英語だと「セ」と発音されるためだと思われます(まあ英語だとCeresは普通「スィァリーズ」と発音されるのですが、話がややこしくなるので置いときましょう)。ただ、元ネタであるローマ神話の豊穣神は「ケレース」であることから、「ケレス」を推す声もありました。様々な議論がありましたが、2006年にCeresがただの小惑星から「準惑星」になったことをきっかけに「ケレス」が急速に広まった感があります。

天文に関する基礎知識も載っている弊社のステラナビゲータ公式ガイドブックを開いてみたところ、ステラナビゲータ8公式ガイドブック(左、初版2006年・第2版2008年)では「セレス」、9公式ガイドブック(右、2010年)では「ケレス」となっていました。もちろん最新の11公式ガイドブックでも「ケレス」です。 

そんなわけで恒星名に関しても英語の発音より「元の言語」を優先しようというのが多数派であるように思われるのですが、問題は「元の言語」ってなんだろう、ってことです。

現在広く使われている恒星名の多くは、元々アラビア語に由来します(「アラビア語です」ではなく「アラビア語に由来します」という表現を使ったのを覚えておいてください)。アラビア語を主な公用語や学術用語として使った中世のイスラム文化圏では、広く天文学が研究され、その文献が後にヨーロッパへ伝えられたという経緯があるからです。そのイスラム文化圏で一番よく読まれたのが2世紀にプトレマイオスがギリシア語で書いた『アルマゲスト』(のアラビア語などへの訳書)でした。

「プトレマイオス(またはトレミー)の星座」という言い方もあるとおり、『アルマゲスト』には私たちがよく知る、古代メソポタミアやギリシアで発達した48個の星座が登場します。アラビアやペルシアの学者たちも、プトレマイオスが書き表した星座を忠実に使っていました。まあ、服装とかは多少アレンジしてたかもしれませんが。

15世紀、現在のウズベキスタンで描かれた写本に登場するオリオン。ターバンを巻いてて、片方の袖がやけに長い(これはイスラム文化圏の星座絵ほぼ全てに共通する特徴)ですが、間違いなく私たちが知るオリオン座が描かれていますよね!2つの1等星の下には、「ベテルギウス」と「リゲル」の元になったアラビア語の文字が書かれているのが読み取れます。(フランス国立図書館のオンラインアーカイブより)

星座同様、恒星のリストもプトレマイオスのものに従った(自分たちでも観測して星を追加したりもしてます)イスラム天文学者たちですが、その恒星の呼び名についてはアラビア語独自のものを使っています。

そもそも『アルマゲスト』にはっきりと固有名で呼ばれている恒星は約10個しかなく、あとは「双子のうち後ろにいる方の頭にある赤っぽい星(ふたご座のポルックス)」とか「(みずがめ座の)水の終わり、みなみのうお座の口にある明るい星(フォーマルハウト)」のような「星座内での位置」で呼ぶのが基本となっていました。

『アルマゲスト』の表現をアラビア語訳したものが固有名として定着した例は少なくありません。たとえばフォーマルハウトはアラビア語だとفم الحوت الجنوبي(ファム・アル=フート・アル=ジャヌービー)、「南の魚の口」、または略して「魚の口」の意味となるفم الحوت(ファム・アル=フート)です。この後でも触れるとおり、アルマゲストが伝わる以前からアラビアに広まっていた星の呼び名も多く使われています。

上のオリオン座と同じ、アルマゲストを元に描かれた星座絵から、みずがめ座(左)とみなみのうお座(右)。みずがめ座の水の流れの果てにفم الحوت الجنوبي(ファム・アル=フート・アル=ジャヌービー)の文字が見えます。一方、みなみのうお座には実はフォーマルハウトが描かれていません。実は『アルマゲスト』のときから近代に入るまで、フォーマルハウトはみずがめ座の星としてカウントされていたようです(フランス国立図書館のオンラインアーカイブより)

さて、話を本題のカタカナ表記に戻しましょう。「元の言語」がアラビア語なのだとすれば、それを忠実にカタカナ化すればいいという話になりそうですが、フォーマルハウトの例で既にそうはなってないことが分かりますね。アルファベットでも、IAUが認めた正式名称であるFomalhautはアラビア語を忠実に置き換えた fam al-ḥūt とは違います。なぜかと言えば、イスラム文化圏で書かれた天文学書がヨーロッパに伝わり、ラテン語訳された際に、恒星名もラテン語風に音訳されたからです。

というわけで先に今回の結論から述べておきますと、主な恒星の大半を占めるアラビア語由来の固有名については、ラテン語での発音に従うというのが基本的な指針と言えます。

恒星名をラテン語化するにあたって、アラビア語での発音を忠実に再現しようという考え方はあまりなかったように見受けられます。そもそもアラビア語の音ってヨーロッパ諸語の話者から見て(そして日本語話者から見ても)発音しにくいものが多いですし。それで、ラテン語ならスラスラと読めそうな綴りに改変してしまう事例が多発しました。先ほどのフォーマルハウトもその一つですね。まあ、誰かが正式な訳語を定めたわけでもなく、翻訳家や学者たちがそれぞれ好きなように書いたので、FomalhaniだのFumahantみたいに30種類くらいの異なる表記が登場して、最終的に定着したのがFomalhautだったわけですが。

発音を変えているということは、元々のアラビア語の意味もあまり気にしてないのではと予想できますね。実際、とりあえず字面だけ見てアルファベットに直してみましたという事例がものすごく多いんです。

その代表格が、ベテルギウスです。

アラビア語ではيد الجوزاء(ヤド・アル=ジャウザー、意味は後述)と呼ばれるのが一般的でした。

ところが、ラテン語で確認できる中世の古い写本には、bedalgeuzeと書かれているようです。なぜ、語頭の yb になったのでしょう?真相は、おそらくこういうことだろうと言われています。

アラビア文字の中には点の有無やその数だけでまるっきり別の音になってしまうものがあり、y(下に点が2つ)とb(点が1つ)もその一例です。そんなわけで、そそっかしいラテン語訳者が文字を見間違えたか、元になったアラビア語の写本で何かの間違いでbになっていたのをそのままアルファベットにしてしまった、というわけです。

こうなってしまっては「アラビア語の発音に合わせる」なんて考え方は成立し得ません。英語でビートルジュースと読んでいるのも大した問題じゃない気がしてきます。

そしてベテルギウスにはもう一つ、「名前の意味」という厄介な問題が存在します。これも発音や表記の問題とは切り離せない(そしてステラナビゲータの天体事典にも書かれている!)のでちょっとお話ししておきたいのですが、長くなってしまったのでまた次回としましょう。

<主な参照文献>
Kunitzsch, Paul and Smart, Tim, A Dictionary of Modern Star Names, Second revised version, Sky Publishing, 2007
IAU(国際天文学連合):Naming Stars https://www.iau.org/public/themes/naming_stars/

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