星の名前、決めちゃいました(4)

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事業企画部のひろせです。

さて、2020年は3回にわたって恒星の固有名についてお話ししてきました。

第1回 導入
第2回 アルファベットからカタカナへ
第3回 固有名の「意味」

特にアラビア語に由来する固有名を中心に解説してきましたが、今回からは2015年以降に追加された、幅広い言語・文化圏に起源を持つ固有名に触れていきましょう。

従来の固有名はすべて欧州・中近東から

国際天文学連合(IAU)が登録した固有名の中には、以前から広く使われていたものもあれば、IAUの発表以前はごく限られた文化圏でしか使われていなかったもの、さらには元々存在しなかったものもあります。

昔ながらの固有名については、本シリーズでもたびたび参照文献として紹介している Paul Kunitzsch & Tim Smart 著の “A Dictionary of Modern Star Names”(現代恒星名辞典)が解説書として定評があります。同書に登場する254個の固有名(同じ星についている名前も含む)のうち、実に7割(175個)がアラビア語由来、2割(47個)がギリシャ語かラテン語由来で、後はペルシャ語・ヘブライ語・トルコ語・英語・シュメール語(古代メソポタミア)が各1〜3個、アナグラム等で合成された名前が15個とされています。

KunitzschとSmartの本は、固有名の決定に取り組んだIAUの「恒星名ワーキンググループ(WGSN)」でも主要な参照文献として挙げられていて、特に語源については一番信頼できるとされています(参照:WGSNの2016-2018年報告書[英語、PDF])。同書収録の固有名は、重複を除けばほぼ全てWGSNにも採択されました。2016年のことです。

ところがWGSNはそこでとどまらず、2017年に新たに86個の恒星名を決定、発表しました。この中には従来から使われていたものの、連星であるなどの特殊な事情で第一弾での命名が見送られていたものもありましたが、その一方でこれまで天文学界隈では全く使われていなかった新しい恒星名も導入されました。そうした恒星名は中国、インド、オーストラリアの先住民族、アフリカ南部など文字通り世界各地から集められています。

新規固有名で一番多かったのが中国の星座由来のもので、全部で11個あります。今回はこれらについて詳しく説明していきたいと思います。

中国語の固有名もカタカナで

採択された固有名カタカナ表記漢字星座と符号または番号等級
Fangファンさそり座π星2.89
Fuluフールー附路カシオペヤ座ζ星3.69
Fuyueフーユェー傅説さそり座 HIP872613.19
Jishuiジーシュイ積水ふたご座ο星4.89
Kangカンおとめ座κ星4.18
Taiyangshouタイヤンショウ太陽守おおぐま座χ星3.69
Taiyiタイイー太一りゅう座8番星5.23
Tianguanティエングァン天關おうし座ζ星2.97
Tianyiティエンイー天一りゅう座7番星5.43
Xuangeシュエングァ玄戈うしかい座λ星4.18
Zhangジャンうみへび座υ14.11
中国の星座に由来する固有名の一覧

ステラナビゲータではこれらの恒星もカタカナで表記しているのですが、まずこの点について説明いたしましょう。

元が中国語なのですから、本来であれば漢字で書けるはずです。しかも、日本では長らく中国の星座体系を受容してきた歴史があるため、これらの名前も以前から文献に登場しています。その場合、発音は訓読みが普通だったはずです。「房」「亢」「張」は「ぼう」「こう」「ちょう」であり、「ファン」「カン」「ジャン」というのは馴染みのない読み方です。

それなのにあえて中国語の読みに従ってカタカナにすることを選んだ一番の理由は、「恒星の固有名はカタカナ」ということが多くの方にとって暗黙の了解になっていると思われるからです。「アルタイル」や「リゲル」の語源を知っていても、それらを漢字で「飛鷲」とか「足」なんて書きませんよね。それなら中国語の星名であっても、意味を表す漢字から切り離してカタカナで表記した方がいいように思われます。

もう一つ理由があります。個人的にはこちらの方が大事なのですが、「伝統的な中国星座」と「WGSNが定めた固有名」を区別したいからです。

星が1つでも星座になる

さっきから恒星の固有名がテーマなのに「中国の星座」と述べていることにお気づきでしょうか。実はWGSNが選んだ11個の名称は本来「星座」に相当するものです(もちろん現代の88星座とは無関係)。ただ、中国には「恒星が1つしかない星座」というのが結構あり(有名な例では「天狼」=シリウス)、WGSNはその中から西洋で固有名がついていない恒星に該当するものを選びました。ですので、たとえば星の固有名となる「フールー」を星座名である「附路」と区別ためにカタカナ表記するのは有効だと思います。

「積水」という星座はなんと中国の星座体系に2つあり、別の星を指しています。1つはペルセウス座の方向にあり、ペルセウス座λ星(4.25等星)ではないかとされています。もう1つはふたご座のカストルとポルックスの北にあり、これがふたご座ο星の固有名ジーシュイの元となりました。ところが、非常にややこしいことに、2つ目の積水はぎょしゃ座65番星(5.12等星)とされることの方が多いのです(Wikipediaの記事もこの問題に触れてます)。つまり、昔の中国人たちが「積水」と呼んでいなかった恒星に「ジーシュイ」という名前がついてしまった可能性があります!

IAUが「ジーシュイ(Jishui)」としたふたご座ο星と、多くの資料で「積水」に同定されているぎょしゃ座65番星。

どうしてこんなことが起きてしまったのでしょうか。前述のWGSNの報告書をよく読むと、たった一冊の英語の本(※)を「中国の星座に関する権威」として選んでおり、複数の資料や専門家に相談したという気配が見られません。もし積水の同定にこのような問題があることがわかっていたなら、そもそも選んでないだろうと思うのですが……

※Sun, X., & Kistemaker, J. 1997, The Chinese Sky during the Han: Constellating Stars and Society. New York: Brill

英語の本だから中国語の文献より信頼できない、というわけではありません。むしろ主題である漢の時代における天文学については定評があってさまざまな論文や専門書で引用されている一冊であるように見受けられます。でも、その気になれば多数の資料が手に入る中で一冊だけ見て良しとするのは、文献学的にはアウトです。まして同書では、肝心の恒星の同定についてはまったく根拠が示されておらず、「Jishui (積水); ο(Gem), 1 star」(同書151ページ)のように書かれているだけです(Gem = Gemini, ふたご座)。
ついでにもう一つ指摘しておくと、同書には星座の索引もあるのですが、そこにはなんと「Jishui 積水, …, Aur」(同218ページ)という記述が!AurはAuriga、ぎょしゃ座のことです。これはつまり、積水がぎょしゃ座の星とも同定されていることを認識していながら、本文ではふたご座と書いたかもしれないってことですよね!いずれにせよ、一冊の本の中で矛盾が生じているわけで、その点だけでも権威と見なすには危ういんじゃないでしょうか。

二十八宿からのエントリー

さて、上記の星名は曲がりなりにも1つの恒星が1つの星座になっているものを選んでいましたが、「房」「亢」「張」の3つは複数の恒星からなる星座だったりします。暦に関心を持たれている方であれば、これらが二十八宿の一部だということにお気づきではないでしょうか。二十八宿というのは赤道に沿って設定された28個の星座で、月が星空の中を一周するのに27日と約1/3日かかることから28個という数が選ばれたのだとされています。中国の天文学ではこの二十八宿に合わせて天を28分割し、天体の位置を記録するときも二十八宿を目印としました。

二十八宿は全て2個以上の恒星を含みますが、それぞれに1つだけ「距星(きょせい)」と呼ばれる目印の星があり、空を分割するときは距星の赤経が境界線とされています。それで、「ファン」「カン」「ジャン」は「房」「亢」「張」の距星なのです。この3例については特に、固有名と星座名を区別した方が良さそうなのはご理解いただけるのではないでしょうか。

ファン・カン・ジャンと二十八宿の房・亢・張。ところでステラナビゲータではこのように二十八宿を含む中国の代表的な星座も表示できるってご存じでした?私は今回この機能を初めて実用的な形で使ったんですが、よく見たら各星宿の距星を○囲みで強調しているではありませんか。便利!

そんなわけで、ステラナビゲータで中国由来の固有名を扱うことについてお話ししてきましたが、単に漢字にするかカタカナにするかにとどまらない問題点も見えてきたのではないでしょうか。次回は他の文化圏に由来する恒星名を見ていきますが、WGSNの決定がこれでよかったのか、というところまで踏み込むことになると思います。

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